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大田ゆうすけ

福山歩兵第41連隊

福山兵営跡地

この地は旧日本陸軍の歩兵連隊「福山兵営」跡地であり、明治41年に歩兵第41連隊が現在の企業誘致の形で広島からこの地に転営し、備後の郷土部隊として福山の発展に寄与し福山市の市制施行のきっかけにもなった。

昭和12年、歩兵第41連隊が支那事変に出動後、兵営は41連隊補充隊として応召兵の教育に使われた。また新たに歩兵第141連隊、歩兵第232連隊がこの兵営で新編成された。その他この兵営に駐留した部隊は、西部第62部隊、西部第63部隊、船舶砲兵第1連隊、船舶機関砲第1連隊である。中でも歩兵第41連隊はマレー作戦をはじめ多数の激戦地に赴き、東部ニューギニアとフィリピン・レイテ島において2度全滅したことにより、日本陸軍史上最も酷使された不運の連隊と言われている。

兵営跡地ココローズ

戦後は福山空襲で焼失した学校・官庁等が兵舎を利用し、後に広島大学福山分校、広島大学附属福山中・高等学校、福山市役所仮庁舎、緑町公園、そしてサンピア福山閉館後に「ココローズ」がオープンし、兵営跡地は大きく様変わりした。しかし、この地から多くの若者が出征し多数戦死したその歴史の延長に現在の福山市の発展があることを忘れてはならない。

福山市は昭和55年10月19日にレイテ島タクロバン市と友好親善都市提携を結んだが、提携30周年記念に来日されたタクロバン市のクリスティーナ・ゴンザレス・ロマルデス議員によりこの「交流発祥の地」に記念植樹が行われた。なお、この場所に当時は火薬貯蔵庫があり、兵営を囲う石垣の上には鋭い棘のある「からたち」と、兵営内には「銀杏」が多数植えられていた。

平成22年11月30日
タクロバン福山交流支援センター
顧問 大田祐介

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